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四条河原町阪急 [恋愛]

正直、有楽町の西武はあまり身近に感じないですが、ここの閉鎖は淋しいですねえ。
待ち合わせスポットですよね京都の。
オープンした時の四条河原町阪急はすごかったなあ。

因みに中3の時の初デートの待ち合わせ場所はここですよ。[黒ハート]

でも、ご安心、その後の結果はあえなく[失恋]

もう1つの思い出は、家族で移植のためのHLA検査で両親や妹と待ち合わせで、場所はここ。
ここから京都日赤に行って検査しました。

でも四条河原町阪急がなくなると京都の風景が一変しそうな感じがします。

闘病中の皆さん、特に子ども患者の皆さん!
諸行無常。世の中、移り変わるもの。
それは、身体も同じこと思いましょう!


判定 [健康]

実は、今月20日で、移植を実施して15周年になりました。
ありがとうございます。

1つの節目を向かえ、気持ちを新たにした2010年。
ところが、突然、日曜日に熱が…。

症状は非常に軽く、熱もバファリンで収まっていたので、「絶対ちゃうわぁ!」と思っていたら…。
『A型ですねえ。』
『あちゃー…、しゃあないですねえ。』
『しゃーないです、しゃーないです。しゃーない。』

あと数日は自宅療養で、タミフルのお世話になります。
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闘病中の皆さん、特に子ども患者の皆さん!
中曽根元首相の元気の秘訣は、心配しないことだそうです。
フランス語で「sans souci(サン スーシ)」。
沖縄弁で「なんくるないさー!」。
言い換えれば「何とかなるさ!」

米原駅500系 [乗り物]

雪の中を走る500系を撮りたかったのがホンネですが、駅周辺は雪はたくさんありました。

この米原駅の通過シーンを見るのもあとわずか。
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スプリンクラーがうなる行くてに500系は飛び込んで行きました。
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それだけではなく、おそらく彼らもそう遠くない日に、米原駅からも別れをつげるでしょう。
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40周年記念 [健康]

記念すべき日ではありますが、知っているのはこの私だけ。
残念ながら、他の人と思い出を共有することはありません。

発病して初めて入院したのが、40年前の本日1月7日。
あの時の京都も寒かったですよ。
病院も今のように明るくはなく、怖かったですよ。

また、まもなく骨髄移植を実施して、15周年。

何か因果を感じますが、偶然でしょうか?

闘病中の皆さん、特に子ども患者の皆さん!
この日から40年、患者を務めています。皆さんも続いて下さい。
きっと元気になる日がきますよ。

リスタート [雑感]

約10ヶ月ぶりのご無沙汰でした。
ワタクシですか?

はい、問題なく元気でした。今でもインフルエンザに罹らず元気ですよ。
昨年は12月30日までフルに仕事で、仕事初めは明日4日。
ですから年末年始も、ほぼ規則正しい生活をしてました。

リスタートのために、西宮ガーデンズでわずかな投資をし、
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気持ちを整えるため何冊かの本を読み
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今日は、門戸厄神、お墓参り、西宮神社約16キロメートルとサイクリング。
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あとは、ちょいと、いっぱいやってリラックスして明日に備えることに。100103_2107~0001.jpg

闘病中の皆さん、特に子ども患者の皆さん!
今年もよろしくお願いいたします。




このブログも宝物ですか…。 [音楽]

12日に突如、東京に行くことが決まり、15日、日帰りで行ってきました。
スクランブルですね。
12月に買った、walkmanも初外出。
この曲入れてたんです。

Crystal Kay ~きっと永遠に~
曲だけでも最高で、なけますわぁ。

アニメの主題歌なんですか?


危機回避 [健康]

経済も医療も、アメリカに頼り過ぎているのが日本の現状かと思ったのが。最初の感想でした。昨年12月のこと。
http://www.47news.jp/CN/200812/CN2008122701000030.html

ただでさえしんどい思いをしているのに、3月以降に移植を実施する予定のある人に、余計な悩みを持たせてしまい、骨髄移植の根幹を揺るがす大問題と危惧していました。

でも、何とか危機回避です。
http://www.asahi.com/national/update/0227/TKY200902270050.html

闘病中の皆さん、特に子ども患者の皆さん!
お久しぶりです、私は元気にしておりますよ。
この時期は、オーバーワークでダウンすることが多かったのですが、今年はそれもなく3月に突入できそうです。

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第二誕生日 [健康]

骨髄移植を受けた元患者には2つ目の誕生日があります。
それは、移植を受けた日のこと。

何を隠そう、本日1月20日、第二の誕生日を迎えることができました。

本当の誕生日は、ケネディー大統領暗殺日と同じですが、奇しくも第二誕生日は、黒人初の大統領となるオバマさんの就任日。

米大統領の歴史的な日と私の2つの誕生日が、同じなのは、偶然でしかありませんが、なんかスゴイですねえ、自分で言うのもヘンですけど…。
大統領とまではいかないまでも、それなりに歴史が残せるようにがんばりますわあ。

皆さん、今後ともよろしくお願いします。

初入院 [健康]

今日は七草ですが、実は約40年前の今日、初めて入院した日。私の記憶では月曜日だったと思う。翌日は3学期の始業式でしたが、学校休めるのでヘンな悲しさはなかった。
当時小学校1年で7歳、名簿番号17番、入院した京都府立医大の小児科病棟は7号と7が並ぶことを自慢していたが、その後7ヶ月入院、7月退院はかなり余計だった。

この頃のことはそこそこ覚えていますね。

病院生活にも飽きがきて、3月頃退院予定を聞かされた時は、みんなに言いふらしていた。
ところが、予定の一週間前ぐらいに、胃から、鼻から世紀の大出血。急転直下の大異変がおこり、20人の大部屋で私が主役になってしまった。この時、祖父母含め、親戚中が病室に集まり、夜遅くまで入れ替わり立ち代りすごかった。

「動くな!起きるな!食べるな!笑うな!しゃべるな!」
血管が切れ鼻出血を起すからと厳しく言われた。
気が付いた時は、4月になっていた。
意識もあったし、話しかけも認識していたが、時間間隔が全くなかった。

輸血とプレドニンと止血剤だけの治療。もちろんATGやサンデュミンなんてない。輸血も今のように日赤のパックやフィルターはなく、ポットに水を入れるように、点滴の容器に血液を流して、そのまま輸血という、いわゆる枕元輸血。
間違いなく、危ない時期でした。

その20数年後に、骨髄移植を実施する訳ですが、初入院と同じ月にするのはどういう因果でしょうね。

闘病中の皆さん、特に子ども患者の皆さん!
こんな、元小児科患者もいるので参考にしてください。

かぜへの挑戦2 [健康]

あなたは、のどから?はなから?

かぜ薬のCMでお馴染みのフレーズですが、これを見るたびに、「はなからなんてあるのか?」って思っていました。そう、私のカゼの兆候を知るのは、必ずのどの違和感からでした。カゼ予防のため小学校3,4年の頃はマスクをして寝たのですが、周りの大人たちは、不思議がっていました。今はそんなことしてもだれも言いませんよね、マスクの技術もガーゼから格段に上がって、寝るときにしても苦しくありませんし。

のどからというのが主流であることには変わりありませんが、最近、変化してきまして、身体のだるさや鼻から、「カゼだ!」というのもあります。この時は比較的軽いと判断しているのですが、年末年始殆ど何もしていないのに、今日になって何となく身体が重い、昨日は頭痛。「実家に行った時のノロウィルスか?」

このケースの原因は気の緩みですね、会社に行ったら治るケースが殆どです。

中日の落合監督の本を読んだことがありますが、あの超一流の選手でも、カゼを引くことはあるらしいです。阪神の金本選手は、『自分で「治っている」と思い込むと、意外に早く治るもの』。

もちろん、無理は禁物ですが、自分に限界を設けないように突破することが大切ですね。
今でこそ週イチペースで、筋トレを10数種類続けていますが、移植の1,2年後で始めた頃は4種類やっただけで翌日もダウン。でも、「どうしてここまで出来たのか?諦めなかったのか?」とバンク仲間に聞かれましたが、自分でもよくわからず、その時はうまく答えられませんでした。

その後よく考えて、1ついえることは、続けていれば何とかなると信じていたことと、お世話になった、若い看護師さんたちのために!という想いがあったからでは。

闘病中の皆さん、特に子ども患者の皆さん!
自分で限界を設けないようにしましょう。

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